「働き方図鑑」シリーズでは、「あなたの当たり前は他人の学び」をテーマに、様々な職業の方、様々なキャリアを重ねてきた方の働き方に焦点をあて、隣の誰かがどのような仕事にどのような思いで取り組んでいるかを紹介いたします。
「歌う人生を、もう一度」――聖歌隊シンガー・尾田律子さんが見つけた“本当の自分”の働き方
尾田律子(おだりつこ)。大阪府在住。医療ソーシャルワーカー、ケアマネージャーを経て、現在は音楽事務所に所属し、聖歌隊員として活躍。結婚式での歌唱を中心に、各種イベントやコンサートにも出演。幼少期から歌うことが好きで、学生時代にはバンド活動も行う。二児の母であり、子育てと音楽活動を両立しながらの日々を送り、今、自身の経験を活かした活動も視野に入れています。

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辞めても何も決まっていなかったけれど、もう限界だったんです
そう語るのは、大阪を拠点に活動する聖歌隊シンガーの尾田律子さん。幼い頃から歌うことが好きだった彼女が、「歌うこと」を生業にするまでには、医療ソーシャルワーカーやケアマネージャーなど、全く異なる道のりがありました。
今回は、尾田さんのこれまでのキャリアの軌跡、そして聖歌隊という仕事の実際について伺いました。人生の再スタートに迷う人、音楽で生きる夢を持つ人にとって、きっと希望を感じられるストーリーです。
「良い子でなければ生きられなかった」――幼少期から始まった“自分探し”
尾田さんの人生は、穏やかとは言えない家庭環境の中で始まりました。
常に不安や恐怖や心配がありました。物心ついたときから“良い子”でいなければと思っていました。認められたい、否定されたくない――そんな思いが、いつも心の中にありました。
その気持ちは自己肯定感の低さとして、長く彼女を縛ることになります。幼い頃から、四大リスクのある家庭で育ちました。常に不安や恐怖、心配を感じ、良い子でいなければ生きていけないと思っていました。物心ついた時から自分と向き合う必要があり、命がなぜ続くのか、どうすれば人に認められるかを考えていました。否定されることを恐れ、人の目を気にして生きてきた人生でした。尾田さんは幼少期の自分をこのように語ります。
しかし一方で、この時期の尾田さんの生き方は、「自分の内面と向き合う力を自然と身につけた」ともいえるかもしれません。音楽は、そんな中でも彼女を支える存在でした。学生時代は軽音楽部に入り、バンド活動にも熱中。けれど、家庭環境の事情から「手に職を」と医療福祉の道へ進みます。
社会福祉士の仕事とは?
社会福祉士の仕事は、主に相談業務であり、福祉を必要とする人々をサポートします。具体的な仕事内容としては、利用者の相談に応じ、自立した生活を送れるようアドバイスや支援プランの立案、関係機関との連携などが挙げられます。相談業務では、利用者が抱えている問題を分析して必要な支援内容を検討し、適切な支援サービスや福祉施設などを提案します。また、利用者が安心して支援サービスを利用できるよう、手続きを行ったり環境の整備を行う事も仕事の一つです。時には、行政機関や医療機関などと連携を図り、利用者が十分な支援サービスを受けられるようにするのも仕事のひとつです。
「天職」と呼ばれても、心が満たされなかった
社会福祉士の資格を取得し、医療ソーシャルワーカー、ケアマネージャーとして現場で働き続けた尾田さん。患者や高齢者、その家族と向き合う日々は、確かに誰かの支えになっていました。
周りからは“天職だ”と言われました。でも、私は本当は嫌でしょうがなかったんです。
心の中にずっとあった“もう一人の自分”。音楽への情熱は、10年のブランクがあっても消えることはありませんでした。
「何も決まっていなかったけれど、歌いたかった」
2012年、下のお子さんが10歳になったのを機に、尾田さんはケアマネージャーを辞めます。特に明確なきっかけがあったわけではないけれど、心の限界を感じていました。
辞めた後、ネットで『大阪 歌の仕事』って検索したんです(笑)。そこで出てきたのが、結婚式の聖歌隊の募集でした。
音大卒もしくはそれと同等レベルのスキルが求められているオーディションでしたが、尾田さんは、この募集要綱を「これってつまりは誰にでもチャンスがある!」と受け止め、応募します。結果は、合格。
それが、尾田さんにとって「歌を仕事にする」第一歩となりました。面接は、常時募集をしてた感じだと思います。 応募したら応募した人に対して課題曲が与えられ、オーディションの時に課題曲を歌うことで審査されました。どのような思いで応募したかを面接でお話しし、採用が決りました。しかし、そこから先がなかなか大変だったと尾田さんは語ります。
聖歌隊の仕事とは? その知られざる実態
「聖歌隊」と聞いて、厳かなチャペルでハーモニーを奏でる姿を思い浮かべる方は多いでしょう。映画「天使にラブ・ソングを…」を思い浮かべる方もいるかもしれません。大勢の聖歌隊が歌唱する姿を思い浮かべるかもしれませんが、日本における聖歌隊の実際は、大人数で歌うことは少なく、一人で歌を歌う場面も多々あります。そして、その実態は想像以上にハードです。
採用後すぐに20曲以上を暗記しないといけませんでした。しかも英語、フランス語、ドイツ語、ラテン語、イタリア語…。想像していた“歌の仕事”とは全然違って、すごく大変でした。
結婚式当日は、歌うだけではありません。新郎新婦へのリハーサル説明、忌み言葉を避けた丁寧な案内、式中のハプニング対応など、多岐にわたる業務が求められます。
尾田さんが仕事を開始した最初の1ヵ月は、覚えることがたくさんありました。結婚式で歌うような曲はクラシック系統が多く、音大出身者にはなじみのある曲でも、バンドでジャズやロック系統の歌を歌っていた尾田さんにとってはなじみのない「初めての曲」ばかりでした。課題曲は英語、フランス語、ドイツ語などたくさんの言語で構成され、覚えるだけで大変です。そして、この時期、尾田さんは歌だけでは食べていけないだろうと、王将でのアルバイトも始めたばかりで、そこではメニュー注文に関わる中国語も覚えねばなりませんでした。
「聖歌隊」の仕事は、失敗が絶対に許されない仕事だという点でも苦労は絶えません。結婚式は、お客さんにとって人生の大きな買い物の一つであり、お客さんの人生にとって大きな、そして華やかで大事な場面です。その大事な失敗が許されない世界においては、言葉遣い一つにも非常に神経を使います。
「聖歌隊同様、ウエディングプランナーさんも本当大変な仕事だと思うんです」と尾田さんは続けます。責任が大きい仕事で裏では大変なことがたくさんあるけど、お祝いの場所なので、そのような裏の大変さを見せてはダメなわけです。場の雰囲気作りもしないといけないし、一生に一度のその式を、どれだけリラックスしていい式にするかっていうことも考えねばなりません。リハーサルの説明も聖歌隊に任されることがあり、様々なハプニングが起こります。
見えてる華やかさの部分と裏で、本当にいろんなこう神経を使わないといけないこととのこのギャップがある仕事だと尾田さんは説明してくださいます。
それでも尾田さんは、「この仕事が好き」と言い切ります。
人生で一番幸せな瞬間に立ち会える。親御さんと新郎新婦の涙を見ると、もらい泣きしてしまうんです。
お祝いできる場所に、さらに花を添えることが出来る仕事。親子同士感動されている姿とか見ると、本当に幸せな気持ちにならせていただけるのだそうです。
聖歌隊(せいかたい、英: church choir)の仕事とは?
聖歌隊は、教会、礼拝堂やキリスト教系の学校のなかにあって、教会の礼拝やミサ、特に復活祭やクリスマス関係の行事や結婚式、昇天式などにおいて、賛美曲、聖歌、賛美歌を歌い、神の愛と栄光を称える合唱団のこと。教会の聖歌隊であれば、隊員は信者でその教会の教会員であるのが一般的ですが、尾田さんが応募したように音楽事務所から派遣されて契約先の結婚式場などで聖歌や祝歌を歌い、新郎新婦を祝福するお仕事として求人案内が出ていることもあります。時には、結婚式以外の各種音楽イベントにも参加していただくこともあります。
福祉の経験が生きている――“人を感じる力”
福祉の現場で磨かれた「配慮」や「気づき」は、今の仕事にも大いに生かされています。
幼少期の経験も含め、相手の気持ちを察する力がついたと思います。どれも無駄ではなかったですね。
目に見えない“心の動き”を感じ取る力は、結婚式という特別な時間の中で大きな意味を持ちます。
「何者かになる」よりも、「自分である」こと
尾田さんは、現在も音楽事務所に所属し聖歌隊として、さまざまな会場で歌っています。プライベートでは、二つのバンドを掛け持ちして、一つはソウルやアシットジャズのカバーバンド。もう一つは70〜80年代ロックのカバーバンドで活動中です。いずれも「プロではなく、趣味として」楽しんでいます。
全部、自分から動いたというより、ご縁でした。自分のやりたいことを、諦めずに探し続けただけです。
尾田さんは、このように謙遜しますが、実際には高校時代に自ら合唱部を立ち上げたり、バンドメンバーを募ったりと自分のやりたいことへ向けての行動を起こしています。
音楽で生きたいあなたへ――尾田さんからのメッセージ
――最後に、これから歌の仕事をしたい人へのメッセージをお願いしします。
時代はどんどん変わっています。AIで曲も作れるし、SNSで発信もできる。やり方はたくさんあります。何をしたいのか、自分の“軸”を持って、形にしていけばいい。音楽に限らず、すべての人に通じることだと思います。
編集後記:キャリアとは、「誰になるか」ではなく「どう生きるか」
尾田さんのキャリアは、決して順風満帆ではありませんでした。でも、遠回りのように見えて、すべてが“今”につながっていると実感させられる話でした。「何かをやめること」は、終わりではなく始まりです。「やりたいこと」があるなら、それを探す勇気さえあれば――新しい自分に、きっと出会えるはずです。
